東玉出下りホーム。っていうか道に線が引いてある。

専用軌道を走ってきた阪堺線。併用軌道に入ってすぐ、
「東玉出」

宮ノ下から「南海高野線」の高架をくぐって、阪堺線は
紀州街道にでる。突然車が現れるから驚く。。。
ちょうど高架に視界を遮られた形になる。
紀州街道は交通量が多い。抜け道になってるのかな?

勝平は小学校の途中まで
玉出に住んでたんや。


上りホーム。(停留所かな??)



勝間街道

「勝間街道」こつまかいどう

玉出は昔は勝間村って名前やったそうな。「勝間街道」は
江戸時代の道で、難波から木津を通って東粉浜で紀州街道
に合流する。主要な道やったらしいけど今は、西天下茶屋
と玉出に商店街があるだけ。

写真は勝平が小さいときに遊んだ公園。
紙芝居のおっちゃんがよくきた。


「こつま南瓜塚」
こつまなんきんづか

「なんきん」っていうのは大阪弁で、「カボチャ」のこと。
「勝間南瓜」は勝間村の名産品で、冬場の非常食や
中風よけのまじないとして、勝間商人によって売られていた。

江戸時代に飢饉があり、その時、勝間南瓜を食べて、
人々は飢えをしのいだそうで、人々の命を救ってくれた
南瓜をお奉りしようと塚を作ったのだそうである。
塚は生根神社にある。(以上、西成区のHPから)

名産にはお正月にあげる「タコ」もあるよ。ここのタコだけ、
「凧」と書いて「イカ」と読む。これは美術品で実際には
上げるもんじゃない。

「こつまイカ」やね!

西玉出には戦国時代に砦があった。
昭和9年まで堀が残ってたそうな。


生根神社内「こつま南瓜塚」

「生根神社」いくねじんじゃ(上の天神)

祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)ほか。
住吉大社の北にある生根神社(奥の天神)の分霊を勧請した。
夏祭(7月24・25日)には、「だいがく」(台楽または台額)
という秋田の竿灯(かんとう)と同種のものが
大勢の若者に担がれ、夜には78張のちょうちんに灯が入り
鮮やか。古くは付近の神社にもあって賑わったが、
当社の1基は戦災をまぬかれ残っている。
(以上、西成区のHPから)

って書いてあるけど真下で揺らしてるだけのような〜。。。
小さい頃に見たのより小さくなったような〜。気のせいかな?
幼稚園の頃、毎日境内で遊んだな。


生根神社北鳥居


雑談

上の写真は「たこやき」
の「会津屋」
前は岸里の少し北に
あった。
美味しいのは
変わらないけど、
「にいちゃん!
たこやきがちょっと
小さなったぞ!」

下の写真は今流行の
「スーパー玉出」
ここ数年でかなり
大きくなった。
前は八百屋さん
やったかな??
「とにかく安い!」


さて、次に行こうか。


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