「苗代田」なわしろだ
阿倍野から走ってきたチンチン電車は専用軌道に入って
最初の駅が「苗代田」駅。
中学生の頃、友達の家の窓から見えた記憶がある。
でも苗代田という地名はない。
もともとこの一帯は阿倍王子神社の御田だったそうな。
それももう忘れられてしまったような〜。。。
今は小学校や郵便局の名前で残っているだけ。


苗代田駅があったところ

苗代田郵便局。
ちっちゃいけど
こちらはまだ健在。


地図中、○に〒の記号が
あるところやで!

と言うことでこの辺には住宅しかない。次へ進む!


「文の里」ふみのさと

苗代田から南東、あびこ筋を渡って、高速沿いにくると
こんな顕彰板がある。
ここに「文の里駅」があった。
この章のの冒頭に書いた、平野線の歴史が書いてあるよ。

今は地下鉄の駅があるよ。

「文の里駅跡」を北へ北へ北へ行くと桑津。

「桑津天神社」くわづてんじんしゃ

「日本書記」によると応神天皇(4世紀)の頃、日向の国から
美女の誉高い、髪長媛(かみながひめ)を召され、
後に仁徳天皇の妃となり、桑津の地に住みました。
媛が病にかかり、その全快を祈って少彦名命
(すくなひこなのみこと)を勧請したのが桑津天神の
おこりといわれています。
(以上東住吉区のHPから)

美女ってとこだけ興味あるな〜。

「桑津遺跡」くわづいせき

桑津遺跡は上町台地東斜面3〜6mのところに広がる、
縄文〜中世の複合遺跡でやで。昭和初期の区画整理工事で、
弥生時代中期前半の遺跡が発掘されたそうな。
最近では縄文早期の有舌尖頭器(槍先として用いたと推定される石器)
・奈良時代の建物群やわが国最古の木簡が発見されているらしいよ。
 石器は石槍などの武具だけじゃでなく、木製のくわ・すき等を
製作するための石斧、獣皮をはぎ、縫い合わせ用の石器、
漁網の重り石がみつかった。今は小学校になってる。
ちょっと北側には「桑津環壕集落跡」ってのがあるよ。


駅がないから解りにくいかな?次は股ヶ池


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