チンチン電車は「松虫」駅の少し北で
併用軌道から専用軌道に入る。
ここからは普通の電車と変わらない。
ちゃんとした駅や踏切りもある

でも、遮断機は無かったりする。。

冒頭の案内板もこの近くにあるよ!
左の写真はその裏側やで。


案内板を西に坂道を下ると「松虫塚」やで!。


松虫塚

秋の野に人まつ虫の声すなりわれかとゆきていざとむらわん
           
「古今集」松虫の音に友を偲び。
二人の親友が月の光さわやかな夜、麗しい松虫の音をめでながら道遥するうちに、
虫の音に聞き惚れた一人が草むらに分け入ったまま草のしとねに伏して
死んでいたので、残った友が泣く泣くここに埋葬したという。

 松虫塚の伝説は他にもある。
後鳥羽上皇に仕えた松虫と鈴虫の姉妹官女の話しとか、才色兼備の琴の名手の
美女の話しとか。
いずれの伝承もここが松虫(いまの鈴虫)の名所であったことをしめしている。

塚を建てるまで祟りがあったそうな。おぉ〜こわ〜。


松虫塚をさらに西に坂道を下ると「聖天山古墳」

大聖歓喜天(聖天)が祀られてるから、この丘は聖天山と呼ばれてんねん。
昔は北天狗塚という地名やったんやて。
今は南半分は正円寺<939建立>さんで南面崖の下表参道にある
「大聖歓喜天」の門標の台石は、柘榴塚出土のものやで。
石棺や馬具なども出土したそうや。
他に境内奥之院には、狂歌塚、寄松塚等があるらしい。

小さな古墳たちやね。


聖天山正円寺

聖天さんの脇道を北に入ると公園がある。
戦前は古木が群生する美しい丘やったらしいけど、
昭和26年この土地が建材業者の手に渡ってから、
木は切り倒され土は壁土用にすき取られて無惨な姿になってしまった。
その後大阪市がここを買い取り、昭和29年聖天山公園として開園した。
公園に残る楠が往時の聖天山をしのぶものして
いまも大切に保護されてるんやけど、
一本だけ立ってるのが寂しそう。(石垣の上がもともとの表土)

ひっどい話やんか〜。


聖天山公園の楠



聖天さんの北にはむかし「丸山古墳」があったんや。

 道端にぽつんと石碑がたっている。
碑文には3街区にわたって円底直径100mの古墳があったと書いてある。
頂きには石塔が2基安置され、ふもとには掘りがあったという。
 大正12年古墳の土が鋳物に適した土であることから
軍によって解体された。
石棺や香炉が発見されたが、調査もされず
古墳とともに姿を消してしまったという。

はにわとか近所の人が持って帰ったんやて!


まだまだ散歩は続くよ!次は〜。


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