「北天下茶屋」下りホーム


駅前商店街の看板(紀州街道から)

下町情緒たっぷりのここは「北天下茶屋」

ホームからダイレクトに喫茶店に入れる。けど、
駅の喫茶店じゃないのに他に入口は無い。個性的や〜。
ココと西側の南海本線「天下茶屋駅」の間には商店街が
あって、間に「紀州街道」が通っている。
南海本線側はアーケードも新しくなって綺麗やけど、
情緒ないな。
左の写真はもちろん、阪堺線側。ここの道幅はかなり狭い。
ちっちゃい女の子が、かき氷を持って自転車を押してたり、
なんか懐かしい気がした。

このレトロ感がいいのは年のせい?

「正円寺」しょうえんじ

西成区と阿倍野区の境界線のところに天下茶屋の聖天さんの
別称で知られる正円寺がある。
天慶2年(939年)光道和尚の開基で、もとは東方の
阿倍野村にあって「般若山阿部寺」と呼んだ。
元禄年間(1688〜1704年)に義道見明和尚が現地に
諸堂を移転して再建、海を望見できる地形から「海照山正円寺」
と命名した。(以上、西成区のHPより要約)

「正円寺」は「松虫駅」で紹介した「聖天山古墳」の上に
あるよ。和尚は此処が古墳だって知ってたのかな?


正円寺西側。お寺なのに鳥居が。。


雑 談

天下茶屋の商店街といえば、勝平が思い出すのは
NHKが1996年に放送した「ふたりっ子」。
でもロケがあったのはず〜っと西側の南海汐見橋線
の「西天下茶屋」の商店街。
小さい頃、母親に連れられて何回か行った事がある。

写真は「西天下茶屋商店街」の北端、「銀座商店街」
「ふたりっ子」の記念碑がある。
ちなみに手塚理美さんがお百度を踏んだのが「正円寺」
昭和40年代の下町って設定やったけど、今は、
撮影当時とちがって道路予定地や建売住宅が目立つ。

茉奈、佳奈も大学生やで!


線路をずっと下って来ると「聖天坂」

「北天下茶屋」を過ぎると両側が道路になって視界が開ける。
元々、家があんまり無かったのかな?
駅名は「聖天坂」やけど、交差している道は「晴明通り」。
東に坂を上がっていくと上町線の「東天下茶屋駅」で
安倍晴明神社がある。
聖天坂はもっと北寄りで今は「松虫通り」って呼ばれてるよ。

どうゆう基準で駅名をつけたんかな?

「安養寺」

昌芳山安養寺は、浄土宗知恩院派一心寺の末寺で、
本尊は阿弥陀仏、元禄2年(1689)3月貞誉清薫尼の創建。
境内には、佐藤魚丸、紙治おさんの墓がある。
魚丸は江戸時代後期、寛政から文化年間(1789〜1818ころ)
にかけ活躍した文人で、西区に生まれた商人だったが、
戯作者、浄瑠璃作者として高名になった。
おさんは近松門左衛門の「心中天網島」の紙屋治兵衛の妻。
夫の心中のあと、当寺の尼になったという。
(以上、西成区のHPより要約)

知らん人ばっかりやわ。

「天下茶屋公園」
「是斎屋跡」
ぜさいやあと

現在の天下茶屋公園が是斎屋の跡。公園東口の横に石碑が
立っている。 (明治天皇云々という文字の裏側)
薬屋是斎屋は寛永年間(1624〜44)近江の国の津田宗右衛門が
紀州街道に面した当地へ来て「和中散」という薬を商ったのが
起こりで、街道の旅人達で大いに繁盛したという。
また、茶屋としても有名であった。
(以上、西成区のHPより要約)

「天王寺駅前」で紹介した「阿倍廃寺の塔刹柱礎石」も
公園内にあるよ。


次は〜「天神ノ森」。


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