町名は墨江


下りホーム

専用軌道に入って川を越えると
すぐに
「細井川」駅。

住所は墨江となっている。
「墨江」とは古代の港の名前。
またを「細江」と言う。
丘に挟まれた狭い入り江という
意味らしい。

故にこの川は昔「細江川」と
呼ばれていた。
水源はのちに紹介する「依羅池」
全長4km程の川だったらしい。


細井川えを上流に歩くと神社がいくつかある。その中の一つが

「かきつばた苑/浅沢神社」あさざわじんじゃ

ここは大社の境外末社やけど卯の花苑から徒歩1分。駅より近い。
小さな堀の中にちいさな神社がある。
 祭神は市杵島(いちきしま)姫命ほか。芸能・美容の神様(女神)
奈良時代からこの付近は浅沢小野とよばれ近畿の名勝であった。
とくに浅沢池は美しく咲き乱れる杜若(かきつばた)で歌人たちに
愛された。

 大社にくる女性は必ず参詣する慣わしとか。。。
「住吉の浅沢小野の杜若衣摺りつけ着む日知らずも」万葉集

かきつばた、花が咲いてたらもっと綺麗やったのにな〜。


駅からはちょっと遠いけど

住吉の細江の葦も霜枯れて
よそにもしろきみをつくしかな
顕 昭

ずっと上流に上がって来ると「細江川」
小さなせせらぎが住宅地に再現されている。
駅からは遠くて歩いては行けない。

「住吉の細江にさせるみをつくし
  ふかきにまけぬひとはあらじな」

歌碑が4つ立っているけれども。。。
解る人もいるんだろうな。

ともかく平安の頃にはよく貴族が来たそうな。

歌中の浅沢は細江川のこと。

住吉の細江漕ぎ出づる海士船の
葦間あらそう夜半の月影
宗良親王

いかにして浅沢沼のかきつばた
紫ふかく匂いそめけん
藤原定家

いざやここ若菜つみてん根行生ふる
浅沢小野は里遠くとも
藤原俊成


さて、駅の近辺にもどって、こんなのもある。

「住吉行宮跡」すみよしあんぐうあと

南北朝の頃、南朝の後村上天皇は、正平6年(1351)、
北朝を奉じる足利義詮が降伏を申し出たので、
翌年奈良県賀名生から住吉大社宮司津守国夏邸内の
正印殿に移り、ここを行宮(行幸時の仮の宮居)
としました。そのうち義詮は勢力をもり返して
天皇の軍は敗れ、ふたたび賀名生に戻りました
後村上天皇はその後、たびたび行幸されましたが、
ついに京都奪還はならず正平23年(1368)
3月11日、41歳でこの地で亡くなられました
つぎの長慶天皇が即位されたのもこの地です。

(以上は住吉区の公式HPから)

「一休和尚の牀菜庵の碑」しょうさいあんのひ

小さい頃にお話で聞いた一休さんが晩年に住んでいたという。
応仁の乱以降、京都を離れた一休和尚は奈良、堺、住吉と
移り住んだそうな。

ここは仮住まいのあった「雲門庵」の空き地に立てた別棟の跡。
本当は何処にあったか正確には解らないらしい。

アニメの一休さんはいつまでも子供なんだけどな〜。


さあて、つぎは〜。。。


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