下りホーム

 専用軌道をさらに走ってチン電は
「東天下茶屋」に停車する。
商店が集まっていてすこしばかり賑やか。
乗降客も多いのは他の電車が近くを走ってないからかも?

このへんは熊野街道とチン電は平走していて、
街道沿いは静かな住宅街。

上りのホームに「馬車鉄道」の碑があるよ。


街道に沿って南に歩くと小さな神社が見えてくる。

「安倍晴明神社」やで!


(前はもと熊野街道)

安倍晴明とは夢枕 獏の小説で一時有名になった あの「陰陽師 安倍晴明」のことやで。
 「安倍晴明生誕伝承地」の石碑が見えるかな。

晴明が西暦1005年没したのち1007年に創祀されたということだが、江戸時代までは壮大な敷地をもっていた。
江戸時代末期の祭祀者が放蕩を行い借金のかたに土地をとられた為現在の広さになったとか。
今は隣接する阿倍王子神社の飛び地境内になっていて、王子神社が管理しているとのこと。


 晴明の若い頃の記録は正史にはない。
異能の人としての晴明像はみな江戸時代に作られた物語による。

 物語りではこの地に住んでいた「安倍希名」(まれな)と「白狐の葛葉」の間に
生まれたことになっている。希名(のちの保名)は訪唐し、かの地で死んだ
「阿倍仲麿呂」の末裔で、陰陽師 加茂保憲の弟子ということ。
もちろん希名の記録も正史にはない。

 晴明の名字が安倍であったことから、阿倍氏の旧領地である阿倍野の
生まれであると作者が創作したのかもしれない。

 しかし晴明を祀る神社がそれ以前から存在したことや。晴明が所有したという
「金烏玉兎集」が王子神社に所蔵されていることは事実である。

 この「金烏玉兎集」の注釈書きの冒頭におかれた「由来」が
後の晴明伝説の原型となった。


晴明の母は白狐だったとか

「恋しくば尋ねても見よ和泉なる 信太のもりのうらみ葛の葉」
 
物語のなかで白狐の母が晴明と別れる時のこした詩やで!
信太大明神(葛の葉稲荷)は街道を下った篠田王子社跡の近くにある。

また「安倍氏系図」では大化の改新時、中大兄皇子と共に蘇我氏を打倒した
「阿倍倉橋麿呂」が初代となっている。二代は「阿倍御主人」(みうし)
壬申の乱の功臣で、奈良時代初期の重臣。
だが4代目から系図は混乱し、他の家系と混ざってしまっている。
父は8代目、大膳太夫「益材」となっているが、晴明の出生や家系はいぜん謎のまま。

御主人(みうし)は「竹取物語」に出てくる貴族の御曹子で、
「かぐや姫」にプロポーズした若者のモデルになった人やで!


晴明神社を南に行くと「阿倍王子神社」


西側熊野街道から


本 殿

王子神社とは八幡神を祀る熊野本山の末社のことで、
京都から熊野に至る街道沿いにたくさんあった宿駅みたいなもんやで。
平安時代中期に熊野街道が整備されたのと同じく99(100)の王子神社がつくられたんや。
阿倍王子神社は代二王子やから2番目の宿駅やね!

もともとは阿倍氏の氏神だったとか、仁徳天皇が創祀したとかいろんな説がある。


王子神社鳥居横


もと熊野街道、王子神社から北をみる


顕彰碑


この先「北畠」までの間はたくさん塚があるよ。さあ出発!次は〜。


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