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のどかな風景。誰も居ない。廃線跡かと思ってしまう。
ここは
「安立町」(あんりゅうまち)。

江戸時代初期の名医、半井(なからい)安立がこの地に住み、
多くの人を助けた徳により町の名前になったという。
室町後期から紀州街道がとおり要衝だったそうだけど、
寂しいところ。

暫くここに居たけど、猫が居ただけ。


「止止呂支比賣命神社」
とどろきひめのみことじんじゃ

素盞鳴命・稲田姫命を主神とする式内社、創建は不詳。
延喜式神社神名帳(805)では住吉大社の摂社(奥の院)となっている。
当時、境内松林には轟池がありトドロキという橋が架かっていたという。
通称、若松神社とあるのは承久3年(1221)後鳥羽上皇が熊野詣をされた際、
当神社境内の若松の林の中に御所を作り、その行宮を若松御所と称したことに由来する。
(境内由緒書きより要約)

今は池なんて無いぞ!


北側鳥居


行宮跡


「霰松原」あられまつばら

この付近は江戸時代中期まで、海岸線。
そして白砂青松の名勝地で、松風が霰を吹きつけるように
響いたのでこの名があるという。
その有様は万葉集にも収録されているが、江戸時代に入って
大和川付け替え工事や新田開発により、海岸線が移動し
景観が一変してしまった。碑の前の道は紀州街道。

「霰打つ あられ松原 住吉の 
         弟比娘と 見れど飽かぬかも」

              長皇子


だいぶ南まで来たな〜。次は我孫子道。


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