上町線

旧平野線


阿倍野交差点を走る上町線(下り)

上町線「阿倍野」停留所は
阿倍野の交差点の北側、道路の真中にある。乗降りが少し恐い。
ここの交差点、何年か前まで「斎場前」という名だった。お墓が沢山ある。
斎場は近世のものだけど、古墳も大小沢山あったという。

ここから西に入ると「金塚」(かなづか)というところがある。
町名ではない。交差点や小学校の名前で残っている。


昔々、大きな塚があったそうな。
その塚を掘った時、黄金の装飾品が出土した。
それから後、この塚を「キンヅカ」と人々は呼んだ
それがいつしか「かなづか」となった。
伝承だけど、阿倍野には塚がやたら多い。


古い地図。平野線と上町線の駅(停留所)は別々にあった。


旧平野線の「阿倍野駅」があったところ。今は道路に。

旧平野線「阿倍野駅」の近くにはこんな掲示板が立ってるよ。

交差点の南西に熊野街道の道標と
説明の為の掲示板がある。
西暦1201年10月、
天皇がこのあたりを通ったと書いてある。

800年も前のことやね



埋没文化財包蔵地
「阿倍野筋遺跡」
あべのすじいせき

弥生時代末葉〜古墳時代初頭の集落遺跡。
竪穴住居や掘立柱建物が見つかっている。竪穴住居では、
壁に沿った部分の床が中央よりも一段高くなった
形のものが多い。
また、掘立柱建物も、同じ時期のものと比較して
大きい部類に入るなど、その性格を明らかにすることが
重要と思われる遺跡である。
また、漁具の土錘(どすい)がたくさん見つかり、
かなり大がかりな曳網漁を行っていたと考えられている。
(以上文化財協会のHPから)

新しく建った区民会館。東側のアプローチ部分で
発掘調査をやってた。そうや。。。知らんかった。



地図は大阪市文化財協会のHPから

「豆知識」

大阪市の大半は、古代は海か河内湖と呼ばれる潟湖やってんで、
今の大阪城のあたりが難波津という港で上町台地を境に
西が海、東が湖。
だから古い遺跡は標高の高いところに限られてくるねん。
上町線の走っている阿倍野と住吉。平野線が走ってた
東住吉と平野には古い史跡、遺跡が多く点在してるよ。
反対に阪堺線の走ってる浪速、西成は戦国時代以降の
史跡が多いんや。


左の地図は古墳時代の大阪やで!濃い水色が今の
川と海、薄い水色が昔のそれ。
ベージュは昔の陸地で、緑は現在遺跡が
あるところやねん。



ここでは乗り換えが出来るよ。


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